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金原亭馬玉師匠の人物紹介

ワイン寄席

オンラインワイン寄席に登場する、金原亭馬生一門の落語家を順にご紹介しています。
この一門には一見、強い個性を感じさせる人が少ないように思えます。しかしじっくり一人一人に迫っていくと、豊かな味わいを感じさせる、腕達者ばかりです。
まさにワインと同じで、同じ個性はひとつとしてありません。
今回はこの一門の二番弟子、金原亭馬玉師匠をご紹介します。
二番弟子といっても、惣領弟子の馬治師とまったく同じ日の入門です。ですから、もうひとりの惣領弟子ともいえるでしょう。

目次
金原亭馬玉はこんな落語家
金原亭馬玉の歩み
金原亭馬玉の名前について

金原亭馬玉はこんな落語家

期待の若手真打、金原亭馬玉師の最近の活躍を見てみましょう。
2020年春、コロナ禍の寄席中止の際にも、馬玉師はその存在を落語界にアピールしました。
鈴本演芸場は特別に週末の無観客配信を行い、ファンを喜ばせてくれましたが、馬玉師も1日、配信のトリを飾っています。
この無観客配信は、コロナで中止の番組を再現する企画であり、鈴本での本来のトリの番組のあった馬玉師にも、配信のトリが回ってきました。
この配信では、馬玉師は「大山詣り」を出しました。
馬玉師の故郷は神奈川県伊勢原市なので、いわば地元が舞台の噺を、配信のトリに出してきたわけです。地元のご贔屓もさぞ喜んだことでしょう。
華やかな、そしてキレのある高座を務める馬玉師らしい、誰もが満足したであろう一席でした。
大山詣りは、恒例のお山からの帰り道、約束を破って坊主にされた熊さんが、あべこべに長屋に先回りしておかみさんたちを騙す噺です。
馬玉師の語りは、最初から聞いてストーリーのわかっている聴衆たちをも騙してしまうような、見事なものでした。
この一門の共通項ですが、馬玉師もまた、発声がとても綺麗です。
馬治師のように強い鼻濁音使いではないものの、鼻に抜ける高い声が馬玉師の飛び道具です。
これで聴き手の気持ちを高揚させてくれます。声だけでも聴く価値の高い芸ですが、もちろんそれだけではありません。
ちなみに馬玉師、伊勢原駅北口から出ている大山ケーブル行きのバスの車内アナウンス録音を務めたことがあります。落語を交えた20分の観光プログラムです。
それ以外にも、地元やその近辺で多くの落語会を行っています。

金原亭馬玉の歩み

伊勢原市出身の金原亭馬玉師は、2000年4月の入門であり、2020年現在、芸歴20年です。
伊勢原市出身の落語家は、馬玉師以外に2人います。馬玉師は落語協会所属ですが、それ以外の二人は落語芸術協会所属で、三遊亭遊吉師匠と、昔昔亭喜太郎さん(二ツ目)です。
人口10万人の小さな自治体から、3人の落語家が出るというのは面白いものです。
1979年生まれの馬玉師は、2020年現在41歳です。まだまだ若手の部類です。
馬治師とは同日の入門であり、同時に前座となりました。当時の名前は駒吉です。
真打昇進時に放映された当時のテレビ番組、「柳家喬太郎のようこそ芸賓館」に出た際、馬玉師も入門、修業、襲名などについて数多くのエピソードを語っています。
入門のきっかけは、高校卒業後ぶらぶらしていた時期にたまたま新宿末広亭に入ったところ、師匠である金原亭馬生の襲名披露をしていたということです。
馬治師ともども、もともとあまり落語は知らなかったと馬玉師は振り返ります。ただ、志ん生だけは聴いていたそうで、そういう点にも、やがて金原亭の一門になるルーツがあったのでしょう。
入門してすぐ、駒吉(馬玉)・駒丸(馬治)のふたりは、修業のため同じアルバイト先に入れられたといいます。兄弟弟子というよりも、まずバイト仲間として仲良くしていたということで、その後も仲が良いのだそうです。
入門の近い落語家は、場合によってピリピリした関係になりますが、そのようなことがなかったのはアルバイトのおかげなのかもしれません。
2003年には二ツ目となり、馬吉。2015年には真打昇進して二代目馬玉を襲名しています。昇進は常に、馬治師と同時です。
真打になって5年、この時期は真打にとってはなかなか大変です。
上に多くのベテラン・中堅の落語家がいますから、寄席に多く出られるわけでもありません。
自分の会を開こうにも、やはりライバルが多く、埋没してしまう人が多いものです。
特に馬玉師の場合、10人同時真打昇進だったので、もともと埋没してしまう可能性の高かい世代の一員です。
真打の披露目は5つの寄席を巡回していくのですが、10人同時真打だと、それぞれの寄席で各1日しか、自分が主役の主任(トリ)を務められません。
ですがその後の馬玉師はひと味違います。
寄席の最高峰、鈴本演芸場でもたびたび主任を務めている実力派真打なのです。
真打昇進年の2015年には早くも、最初のトリを馬治師と交互で務めました。それだけ高い評価を受けているわけです。
売れっ子の落語家は、寄席の主任を10日間全日務められない日もありますが、馬玉師はこの際の「代バネ」も何度か務めています。
先の「柳家喬太郎のようこそ芸賓館」では、馬玉師は金原亭の看板ともいえる「ざるや」を掛けていました。
寄席の時間つなぎにも重宝する小ネタですが、この噺を披露目の番組で掛けるところに、馬玉師のプライドが感じられます。
修業時代の馬玉師ですが、師匠に叱られることはあまりなかったといいます。師匠は二人の弟子をよく見ていて、叱られるのはもっぱら馬治師のほうだったとそうです。
馬玉師のほうは、叱られるとシュンとなってしまうと師匠が見抜いたそうです。
たびたび叱られ続けた馬治師には気の毒ですが、落語家の育成というものを物語るエピソードではないでしょうか。

金原亭馬玉の名前について

「金原亭馬玉」は二代目です。真打になった際にこの名前を襲名しました。
先代のいる名前を継ぐのを「襲名」といい、改名とは言葉を分けて使います。
先代がいるので当代馬玉は二代目ということになりますが、先代はどんな人かはよくわからないようです。
初代金原亭馬生の弟子、三代目馬生の弟子に馬玉がいたことがわかっています。明治の初め頃の時期です。
寄席文字の書家、橘左近師匠にピックアップしてもらった名前のうちのひとつを、師匠・馬生が選んだとのこと。
およそ150年振りの復活ということになりますが、馬玉はなかなかいい名前です。
「馬」「駒」の字が多い金原亭には、将棋由来の名前も多くあります。
馬玉も、あるいは将棋由来だったのかもしれません。
いずれにしても、これから当代が大きくしていく名前でしょう。

弁天小僧

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日頃はクレジットカード、キャッシング、カーシェア等を専門に執筆しているライターです。 落語が趣味で、週1回寄席や落語会に出向いています。

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