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自宅で落語・寄席を120%楽しむためにおさえておきたい演目!

ワイン寄席

2020年4月22日にヴィノテラス主催で行われた「オンラインワイン寄席」をたくさんの方々にご参加いただきました。そこで自宅で落語をもっと楽しんでもらうための代表演目などをまるっと簡単解説!

目次
1.まずはやさしい古典落語を知ろう!
2.抑えておきたい季節の古典落語!
3.落語を自宅で楽しむ方法

まずはやさしい古典落語を知ろう!

落語に詳しくなりたいという人は多いものです。
詳しくなる第一歩として、古典落語の主要な演目についてある程度マスターしておきたいもの。
落語は予習しないと楽しめない性質のものではありませんが、演目がわからないまま聴いていると、どこかぼやけてしまいます。
落語で非常に大事な、演者ひとりひとりの個性も、演目がわからないとつかみにくいままです。
特に寄席では、演目が発表されません。ある程度の学習はしておいたほうがいいでしょう。
有名な古典落語の演目の、あらすじと聴きどころとを紹介していきます。

【明烏】


落語には、廓噺(くるわばなし)と呼ばれるジャンルがあります。
上方には少なく、ほぼ東京落語に限られます。
かつて江戸には、幕府公認の吉原遊郭がありました。吉原は成人男性の憧れの地であり、文化の発信地であり、そして社交場でした。
吉原や、四宿と呼ばれる品川・新宿などの遊郭を舞台にした落語が、廓噺です。
廓はすっかり、歴史上の存在になってしまいました。なにしろ、70代のベテラン噺家が、遊郭を直接体験していないのです。
廓噺自体も、存在感は強いものの、寄席でたびたび掛かっているというほどでもありません。
その中では、明烏は比較的よく出る噺です。寄席で掛かる際は、必ずトリです。
落語で吉原は、「わざわざ出かけたのに、女郎に振られて帰るところ」として描写されます。そんな男たちを、等身大で笑うのが落語というもの。
ですが、明烏に関しては、吉原の扱いがちょっと違います。吉原のすばらしさを味わうのにもっとも縁遠い主人公が、ひと晩で廓に目覚める物語なのです。
主人公は、学問ばかりしている、非常に固い若旦那です。落語に出る若旦那はだいたい親不孝で、放蕩の末に勘当されるものですが、この点でも明烏の若旦那は異色です。
父である大旦那からすると、商家の跡継ぎである若旦那が固すぎて不安なのです。
少しでも柔らかくなって欲しいとの願いから、町内の若い衆に頼み、若旦那を騙して吉原に連れ出してもらうというのが「明烏」の骨格です。

あらすじ

家の中で書物を読んでばかりの若旦那、珍しく外出してきたと思ったら、子供と太鼓を叩いて遊んでいたというので大旦那はガッカリ。
だが若旦那、町内の源兵衛と太助に、お稲荷さんのお籠りに誘われたとのこと。
実は大旦那が過日、この町内の札付き二人に対し、せがれを吉原に連れていってくれるよう頼んでいたのだ。
お稲荷様だと信じて疑わない若旦那を、騙して連れ出す源兵衛と太助。しかしいつまでもバレないはずはない。
泣いて帰りたいと訴える若旦那をさらに嘘の話で騙し、無理やり床に入れる。
女が来ず、振られた二人を尻目に、一晩花魁と過ごし、実に満足げな若旦那。
面白くない二人が先に帰ろうとすると、若旦那から小粋な逆襲を受ける。

聴きどころ

堂々と吉原に連れてこられているのに、純朴な若旦那はなかなか気づきません。
吉原名物の大門を、変わった鳥居だと思いながら通り抜けます。
騙された人を眺めるのはなかなか楽しいものですが、この噺の場合は、騙された若旦那のことを、聴き手が「ああよかったね」と思ってくれないと、収まりがつきません。
難しいのは、現代では女性が落語を多く聴いている点です。いわば風俗で童貞喪失をする明烏の場合、下手な運び方では女性に拒絶されてしまうでしょう。
演者の技量が試される噺です。
昭和の名人のひとり八代目桂文楽の描いた、振られた男が朝食べる甘納豆のシーンは、あまりにも有名です。
なお、明烏という色っぽいタイトルは、直接的な演題が目立つ落語の中では、比較的珍しい付け方です。

【花筏】


落語のジャンルのひとつが「相撲噺」。
相撲の本場所が始まると、寄席で頻繁に掛かります。
相撲もまた歴史の古い競技で、芸能・興行としての側面も大きなものです。余談ですが、スポーツとしての側面からは断罪される八百長も、落語の「佐野山」では美談として描かれています。
相撲の噺は、「大安売り」など比較的軽めで、その分寄席で重宝されるものが多いのですが、花筏は立派なトリネタです。
落語らしい非常にバカバカしい設定でありながら、大変スリルに富んだ演目です。
花筏は、元の意味は川面を埋め尽くす一面の桜の花のことですが、ここでは大関の名前です。
もっともこの相撲取り、噺の中には登場しません。登場するのは花筏の偽物です。

あらすじ

提灯屋のところに相撲の親方が訪ねてくる。なんでも地方興行があるのだが、部屋の筆頭力士の大関花筏が病気になったので、よく似ている提灯屋に身代わりになって欲しいというのだ。
相撲は取らず、好きな相撲を土俵下で観ているだけでいいという。高額の報酬に目がくらんで引き受ける提灯屋。
だが提灯屋、調子に乗って飲み食いし過ぎ、挙句の果てに女のほうもお盛ん。本当は元気じゃないかと勧進元に問い詰められた親方は、千秋楽に花筏を出すと約束させられる。しかも相手は、地元最強でプロを次々投げ倒す千鳥ヶ浜。
親方は提灯屋にケガをしない秘策を教える。千鳥ヶ浜の手が触れたらすぐに倒れろと。
だがつい、土俵の上で千鳥ヶ浜の目を見てしまう提灯屋。ここで殺されるのだと思うと涙が止まらない。
だが千鳥ヶ浜も、大関が今から殺す相手のために落涙しているのだと思い込み、親のいいつけに背いて土俵に上がったことを後悔し、涙を流す。
すったもんだの末に、なぜか勝利を収める提灯屋。

聴きどころ

ただ太っているだけの提灯屋が、大変に強い相撲取りと土俵で闘うことになるという、ストーリーのあり得なさがたまりません。
千鳥ヶ浜のほうにも、父に諫められたのに、好きなのでつい土俵に上がってしまうというサイドストーリーがあります。
理由はそれぞれ違うのですが、二人の大男が土俵の上で涙を流して向かい合うという画がとてもよくできています。

【抜け雀】


落語の登場人物といえば、八っつぁんに熊さん、等身大の人物が多いもの。
ですが中には超人を扱った珍しい噺もあります。だいたいは、講談から来ている「釈ネタ」です。
中でも日光眠り猫で知られる伝説的の彫り師、左甚五郎は複数の落語に登場する人物です。この人は「ねずみ」「三井の大黒」など多くの噺で超人の活躍を見せます。
この「抜け雀」は、超人絵師を扱った一席です。この噺にのみ登場する絵師なのですが、「抜け雀」という噺自体、甚五郎ものの「竹の水仙」とよく似ている設定です。甚五郎ものの外伝だともいえるでしょう。
滑稽噺の大ネタですが、なぜか人情噺の雰囲気も漂う逸品です。

あらすじ

小田原宿の外れの小さな宿にやってきた若い男、どこにもいかず逗留し、一日中酒ばかり飲んでいる。
酒代だけでも入れてくれと亭主が頼んでみると、なんと一文なし。悪びれもせず、宿代としてついたてに絵を描いてやるという。
絵を描き上げ、絶対に売るなよと言いおいて旅立つ絵師。
この絵の雀が毎朝抜け出して羽ばたくので、大変な評判となり、旅館は大盛況。殿さままで絵が欲しいと言ってくるが、亭主は絵師との約束を守り売らないでいる。
ある日年配の男がやってきて絵を見るなり、止まり木がないのでこのままでは雀は疲れて死ぬと、縁起でもないことを言う。
男が鳥かごを描き足すと、見事雀がその絵の中におさまる。絵の価値は倍になった。
そこへいつぞやの若い絵師が戻ってきた。慢心があったと絵の前で反省する絵師。
鳥かごを描き足した人こそ、絵師の父であった。

聴きどころ

あり得ないストーリーが、生き生きと描かれる楽しい落語です。
宿屋の亭主は、雀が抜け出る絵だと知って宿代を免除したわけではありません。文なしばかりが泊まる宿で、半ばあきらめ気味なのです。
ひどい目に遭いつつ、本気で怒ったりしていない点に、落語らしさが漂います。
設定のよく似た「竹の水仙」は、やはり文なしで酒ばかり飲んでいる左甚五郎が、見事な竹細工を彫り上げる噺です。こちらもぜひ聴き比べてください。

【寿限無】


落語のネタも、大小さまざまです。
今まで見てきた演目は、いずれもトリで掛かる大ネタですが、その真逆にあるのが「寿限無」などの小ネタ。
小噺に毛が生えたようなごく軽い演目ですが、落語の基礎の基礎といえる噺です。
前座噺に分類される演目ですが、意外と寄席では掛かりません。東京の寄席で開口一番を務める前座さんがやらなければ、後の誰もやりません。
とはいえおめでたい噺なので、真打昇進披露目の日などで、縁起物として聴けるかもしれません。
寿限無がどこで聴けるかというと、学校寄席など、もっぱら子供の前でしょう。
寄席では掛からないのに、意外と多くの噺家がこの演目を持っています。この噺を、入門して最初に教わる一門も多いのです。
この噺には、「言い立て」(長いセリフ-この噺では名前-をスラスラ言い立てること)が含まれているので、入門後教わる噺としてうってつけなのでしょう。

あらすじ

子供が生まれたので、長生きする名前を付けたいとお寺に相談しに行くと、長寿につながる名前をいろいろ教えてくれる。どれかひとつを選べないので、全部付けてしまう。
名前が長いので、生活していくのがいちいち大変。フルネームを言いあううち、喧嘩相手の子供のこぶがひっこんでしまう。
長い名前は、<寿限無寿限無 五劫のすりきれ 海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末 食う寝るところに住むところ やぶらこうじのぶらこうじ パイポパイポ パイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助>。

聴きどころ

お子さんと一緒に、子供の長い名前を覚えると実に楽しいものです。子供はすぐ覚えてしまいます。
ただし長い名前、一門により細かいところが結構違います。NHKのバージョンで覚えた子供は「違う」と言うこともあるようです。
寿限無より、寄席では改作した新作落語がしばしば掛かります。それだけ噺家のアイディアを喚起しやすい噺です。

【まんじゅうこわい】


「まんじゅうこわい」という噺、実に有名なので、なんとなく知っている人も多いのではないでしょうか。
東京では、前座噺に分類される、ごく軽い落語です。
いっぽう上方では、見せ場たっぷりで時間も長い、屈指の大ネタのひとつです。この場合は、「饅頭怖い」と漢字で書いたほうがふさわしいでしょう。
生意気な友だちが、大嫌いだというまんじゅうを持っていって驚かせるという部分、それから好きなもの、嫌いなものを言い合う導入部は東西共通です。
上方の場合、この間にふたつのエピソードが交ざって大ネタとなるのです。
特に、怖いものなど一切なさそうなおやっさん(上方落語ではおなじみの、押し出しの強い年配者)が、生涯たったひとつ怖いものがあった経験を語るエピソードこそ、最大の聴きどころ。
実際には落語らしく、なーんだというオチが付くのですが、ストーリーを知っている人にとっても、手に汗握る迫真の場面が続きます。演者にとっても腕が鳴る噺です。

あらすじ

町内の若い衆が集まって、好きなもの、嫌いなものを言い合う。
会話に交わらない男に水を向けると、この男は怖いものなどなにもないと断言する。だが、実はひとつだけ怖いものがあるのだと顔色を変える。それはまんじゅうだ。
気分が悪くなってきたから寝せてくれという男に、仲間たちはまんじゅうを買い集めてきて、男の寝床に投げ入れる。
いやに静かなので死んじゃったのかと不安になった仲間がふすまを開けると、男は大好物のまんじゅうをむしゃむしゃ。
怒り呆れて、本当に怖いものは何なのだと問うと、「濃いお茶が怖い」。

聴きどころ

一番好きなものを問われて「二番目が酒」という返し方、いかにも落語らしいものです。覚えておくと、ひょっとして役に立つかもしれません。

【火焔太鼓】


火焔太鼓は、古今亭志ん生から、次男の志ん朝へと伝わった、東京落語の大ネタです。
かつては、門外不出の噺でした。志ん生の長男である十代目金原亭馬生すら、遠慮してやらなかったぐらいなのです。
実際には、志ん朝と並ぶ落語四天王のうちの一人、五代目春風亭柳朝が志ん生から教わり、他に流出させてしまったので、現在は一門を問わず多くの演者が掛けています。

あらすじ

道具屋の甚兵衛さんは商売下手で、おかみさんにいつも頭が上がらない。
今日も小汚い太鼓を仕入れてきたところ、音がお殿様の耳に止まり、屋敷に太鼓を持参して欲しいと使いに頼まれる。
こんな汚い太鼓を御前に出したらえらいことになるとおかみさんに脅され、安く手放してくるよう、釘を刺されて出かける甚兵衛さん。
だが骨董に詳しいお殿様に300両でお買い上げいただく。
うちに帰ると、甚兵衛さんと同じくびっくりするおかみさん。

みどころ

劇中の火焔太鼓は、「埃を取ったら太鼓がなくなっちゃう」と言われる汚い太鼓ですが、この噺自体もまた、「クスグリを取ったら噺がなくなっちゃう」と評されます。
クスグリというのは落語の中のちょっとしたギャグのことですが、火焔太鼓のクスグリは志ん生が練り上げたものです。
確かにこの噺、ストーリーらしいストーリーはさほどありません。道具屋の甚兵衛さんが終始驚き続けたまま終わってしまう落語です。
肝心の火焔太鼓も高価なものなのに、意外なぐらい影が薄いのです。
そんな、世の中にまったく役立たないムードこそ、この噺の真骨頂でしょう。

抑えておきたい季節の古典落語!

落語の噺の中には、春夏秋冬の季節ものがあります。
季節の落語は、実際の季節を先取りして、少し早めの時季から掛けられます。早めに始めるのが粋なのです。
「この季節だから、この噺が掛かるかな」と想像して出かけるのは楽しいもの。落語でいち早く季節感を味わってみましょう。

【春の噺】

春といえば花見ですが、花見が出てくる噺、意外とそれほど多くはありません。
「花見酒」「花見の仇討」「あたま山」などの噺、内容は世間に知られているのですが、それほど掛かるわけではありません。
ですが、花の季節を代表する噺が、他にちゃんとあります。

長屋の花見


春の落語といえば長屋の花見。この演目だけは、非常によく掛かります。
落語らしい軽いクスグリに充ちた、肩が凝らずに楽しめる噺です。
上方では「貧乏花見」といい、大家が出てこず、長屋の住民同士で花見に出かけます。

あらすじ

貧乏長屋の連中は、大家が呼んでいるというので、店賃の催促だと早合点して気もそぞろ。だが実際は、大家主催の花見の誘いだった。
酒とごちそうにありつけると喜ぶ長屋の住民だが、実際に出されるのは「番茶を煮出した偽の酒」「大根を切った偽かまぼこ」「沢庵を切った偽卵焼き」である。
意気消沈しながらお山に向かう長屋の住民。いざ宴が始まっても、大家に「酔え」と命令されたり、めちゃくちゃ。

聴きどころ

「戸なし長屋」と呼ばれる貧乏長屋のありさまから、偽物の酒やおかずを辟易しながら味わう住民の様子など、全編どこを切っても落語らしさに溢れています。
現代では「大家さん、長屋にいいことがありますよ。酒柱が立ってまさあ」でサゲることが多いですが、まだ続きがあり、隣の食べ物まで分捕って食べるくだりがあります。
落語でしばしば主役を張る登場人物、与太郎がチョイ役で出てきます。与太郎、お前店賃はどうしてると尋ねられると、「まだもらったことがない」。
与太郎だけでなく、店賃などろくに支払ったことのない住人ばかりが出てきます。いっぽう、大家のほうも本気で取り立てようなどとしていません。
こうした人物たちが楽しく(?)遊ぶというのが落語らしいのです。

百年目


「百年目」は東西両方にある演目ですが、どちらでも屈指の大ネタで、時間もたっぷり要します。
聴けるとするなら寄席よりも落語会で、それもネタ出しされている場合でしょう。
人情噺の少ないとされる上方であっても、人情噺にカテゴライズされても不思議のない、「いい噺」です。

あらすじ

ある大店の番頭は、今日も奉公人にガミガミ。お店では、四角四面の人間を演じている。
だが店を出るとたちまち変身。すっかり着替えて、芸者・幇間を侍らせ、舟遊びで花見を楽しむ、粋な人。
世間をはばかる遊びなので、当初はずっと舟に籠っているが、酒の勢いで陸に上がり、目隠しで芸者を捕まえる。
だが捕まえたのは、なんと通りがかった自分の主人。顔面蒼白の番頭。
しょんぼりしてお店に帰り、風邪だと言って部屋にこもる番頭。いつ暇を出されるかと、ひとりおびえ続ける。
だが主人は一晩帳簿を調べ、番頭がすべて自分の金で遊んでいて、お店の金に一切手を付けていないことを確かめていた。
愛情あふれる言葉を番頭に掛け、もう少し下の者についても穏やかに接するように諭す主人。

聴きどころ

百年目とは「ここで会ったが」に続く言葉。
思わぬところで主人に会った番頭が、思わず「ご無沙汰をしております」と妙なことを言ってしまうのは、この慣用句から来ています。
主人が番頭に語って聞かせる、「栴檀」と「南縁草」の逸話は感動ものです。せんだんは主人、なんえんそうは奉公人を指しています。
天竺で、栴檀の木の根元にはびこる南縁草を、汚いからと刈ってしまったところ、栴檀が枯れてしまったというのです。番頭は主人にとって南縁草であり、奉公人にとっては栴檀だと語るのです。

【夏の噺】

夏には、暑さをテーマにした季節感のある噺も多数出ます。
それ以外にも夏らしさがあります。寄席の彩りといえばなんといっても幽霊の噺。
半世紀前は寄席の企画ものとして怪談がありました。今ではこういう企画はないものの、幽霊や化け物の出てくる噺自体、夏になると多数掛けられます。

皿屋敷


皿屋敷は夏になると取り合いになる演目です。寄席ではその日一日、同系統の演目は掛けられないので、早い者勝ちになります。
毎日のように掛かっても、決してお客を飽きさせない、ナンセンスいっぱいの楽しい噺です。
怪談の「播州皿屋敷」または「番町皿屋敷」を下敷きにしていますが、この落語、ちっとも怖くありません。
上方や、東京でも落語芸術協会では皿屋敷ですが、落語協会では主に「お菊の皿」と呼びます。

あらすじ

因縁をつけられ主人に殺された下女、お菊の幽霊が出るので誰も寄り付かなくなった皿屋敷に、怖いもの知らずの若い衆たちが見学に行く。
幽霊のお菊が、皿をわざと隠した主人を恨み、今日も皿を「いちまーい、にまい」と9枚まで数えていく。9枚まで聞くと狂い死にしてしまうので、聞かないうちに逃げなければならない。
美人のお菊を目当てに日々通う若い衆たち。だんだん人気が出てきて、興行主が現れ、ついに特設ステージまでできてすっかりショー化する。
ある日、いつものようにお菊が皿を数える。客はそれっと逃げ出そうとするが、あまりの客の多さに前がつかえて出られない。客は慌てるが、お菊はゆうゆう皿を18枚まで数える。
客がお菊に文句を言うと、お菊は「明日休むのさ」。

聴きどころ

誰も来ない中、毎夜皿を数えていた幽霊のお菊さんでしたが、客が大勢集まるようになってすっかりやる気を出し、だんだん芸がクサく(しつこく)なっていきます。
酔っぱらってステージにあがったり、客に悪態をつくようになったり、めちゃくちゃです。
幽霊であっても、美人を毎夜眺めにいく男たちの馬鹿っぷりもみもの。
興行主がお上に興行を願い出たりするのは、江戸時代にはいかにもありそうなことで、デタラメの展開の中に妙なリアリティもあります。
それにしても、9枚まで聞いて結局誰も死なないのですから、実にバカらしい限り。

永代橋


今日ではすっかり廃れた噺で、今後聴けることもそうそうないと思われます。
廃れたのは、名作「粗忽長屋」と同工異曲だからでしょう。
江戸の文化時代の旧暦8月、富岡八幡宮の祭礼の日に永代橋の落下事故がありました。死者は1,400人を数えたといいます。
この事故を背景にした噺が「永代橋」。粗忽ものの噺です。もっとも、悲惨な事故などかけらも引きずっていません。

あらすじ

大勢が亡くなった永代橋落下事故で、身寄りのない店子の武兵衛が死んだ。引き取るようにと、大家の太兵衛のもとへ通知が来る。
大家が家を出ると、そこで武兵衛に出くわす。大家は武兵衛に、お前の死骸を引き取りに行くぞと声を掛ける。
大家にそう言われても、死んだ心持ちのしない武兵衛。大家に自分の死骸なんだから自分で引き取れと言われ、ますます混乱する。

聴きどころ

死んだ男と一緒に、当人の死骸を引き取りに行く粗忽噺です。史実を活かした噺ですが、くだらないにもほどがあります。
サゲもくだらなく、「太兵衛に武兵衛はかなわない」という洒落です。
このような語呂合わせでサゲるのを、分類で「地口オチ」といい、落語のサゲの中でも下等とされています。
特にこの噺の場合、サゲのために人名が設定されているわけで、ほとんど反則でしょう。
とはいえ、世の役にまったく立たないこんな噺があってもいいでしょう。

【秋の噺】

秋の噺は、案外と多くありません。
余りにも有名な「目黒のさんま」を除くと、はて、他に何があったかなと首をかしげてしまいます。
この季節、実際に寄席でどんな噺が掛かっているかというと、お酒や食べ物の噺が、他のシーズンと比べて多いかもしれません。

目黒のさんま


目黒のさんまは、あまりにも有名な古典落語の演目です。
そのくせ、一般的な落語とは大幅にスタイルの違う、少々変わったスタイルの噺です。殿さまが主人公であること、それから地噺(じばなし)であるという、それぞれ珍しい特色を持っています。
地噺とは、一般の落語のように登場人物のセリフの掛け合いで噺が進むのではなく、講談のように演者自身のセリフで進行するものをいいます。
地噺の場合は劇中のクスグリも演者自身のセリフによります。目黒のさんまの場合もそうです。
この噺に演者がどうクスグリを入れるかというと、ひと昔前の例ですが、「殿さま、さんまに逢いたい逢いたいと、ひと頃の大竹しのぶみたいなことばかり言って」。
多くの演者がこう入れていました。

あらすじ

目黒に遠乗りに出かけた殿さま。急遽のことでお昼の用意がない。
腹を空かせていると、近隣の百姓家でさんまを焼いている。家臣は下魚だといって反対するが、殿は「いくさの折、あれが食べられないと言っていられるか」。これは殿が正論。
初めて焼いたさんまを食した殿さま、さんまのとりこになってしまう。
ある日親族の集いに出向き、食べたいものを訊かれた殿さま、さんまを希望するが、家臣は目を白黒。急遽日本橋の河岸で新鮮なさんまを買い求めるが、脂が体に障るといって蒸して団子にし、椀もので供する。
脂の抜けたさんまのまずいこと。殿さま家臣に、このさんまはどこで求めたか尋ねる。回答を受けて、「それはいかん。さんまは目黒に限る」。

聴きどころ

サゲまで有名な噺ですが、秋以外には掛からない噺でもあり、ちゃんと聴く機会は意外と少ないかもしれません。
この噺にはマクラとして、「桜鯛」という小噺が付いています。
こちらは殿さまの機知を楽しむものです。
いずれにしても目黒のさんまの殿さまは、庶民の芸能である落語に出てくるだけあって、世間知らずですが親しみを感じさせる好人物です。

そば清


そば清(そばせい)は明確な季節ものではないものの、ベストシーズンは秋でしょう。実際、秋に掛かることが多いもの。
時そばと並ぶ、そばの噺でもあります。ちなみに、そばの噺というもの、このふたつ以外には珍品しかありません。
「落語にはそばを手繰る仕草が出てくる」という知識を持っている人はいるでしょう。しかし、どちらかの噺でしか見られない仕草です。
上方落語には「蛇含草」(じゃがんそう)という、餅の食べ比べの噺があります。これを三代目桂三木助が、江戸っ子の大好きなそばに替えて生まれた噺です。

あらすじ

近所に越してきた清さんという人、毎日そば屋にやってきて、もりを10枚ペロッと平らげてしまう。若い衆たちが、20枚食べられるどうか清さんに賭けを挑む。口ではこんなに食べられるわけがないと言いながら、20枚、30枚と平気で平らげる清さん。
実は清さん、そばの大食いとして有名な人だったのだ。
正体を知った若い衆に、50枚で勝負を挑まれる清さん。そこまでは自信がなく、清さんいったん逃げ帰る。
仕事で旅に出た清さん、大蛇が猟師を丸飲みするさまを眺めて驚くが、さらに驚いたことに、蛇が赤い草をなめると、腹中の人間が溶けたらしく、大きなお腹がみるみるしぼんでいくではないか。
この草さえあれば天下無敵と江戸に帰った清さん。50枚勝負を受けて立つ。だが49枚の先、一口も食べられなくなる。
休みたいと別室にこもり、例の赤い草をなめる清さん。
清さんの気配がしなくなり、おかしいなと思った若い衆がふすまを開けると、そこには羽織を着たそばがいた。

聴きどころ

「考えオチ」という、洒落たサゲがついています。
わかりにくいので、ひと頃はさっと解説を入れる人が多かったのですが、最近はまた考えオチのよさが見直されたものか、解説抜きでサゲまで語る人が増えました。
そば勝負に夢中になる若い衆を描くシーンでは、楽しいクスグリがたくさん入ります。
死人が出る噺なのですが、陰惨な場面はありません。

【冬の噺】

冬の噺はバラエティに富んでいます。
雪の噺、年末の借金取り撃退の噺、正月の噺と盛りだくさんです。
他の季節より多い、4種類の噺を取り上げます。

芝浜


人情噺の代表作である芝浜も、サゲを含めて落語ファン以外にも広く知られた噺で、そして実に文学的な内容です。
演じられる機会が年末だけなので、ネタ出しの落語会でないとなかなか聴けないかもしれません。
明治時代の伝説の噺家、三遊亭圓朝が作った三題噺(客からお題を3つもらって作る噺)とされていますが、詳しいことはよくわかりません。

あらすじ

魚屋、魚勝は、酒に溺れしばらく仕事に出ていない。
女房の懇願でようやく河岸に出向くが、一刻間違えて起こされてしまう。
やむなく朝焼けの芝の浜で時間を潰していると、財布を見つける。中身が実に四十八両。
仕事に行かず家に戻って、これで大金持ちだと仲間を呼んで大騒ぎ。
だが翌朝目を覚ますと、女房に、なにを寝ぼけているのだ、昨日の酒代も払えないじゃないかと責められる。
心を入れ替え、酒をやめて人が変わったように働く魚勝。
それから3年、生活も安定するようになった大みそか。女房が、実はあの財布は本当に合ったのだと告白する。拾得物横領は大罪になるので、策略で夢にして、財布はお上に届けて出たのだと。
その四十八両もすでに持ち主不明で払い下げになっていたが、夫の了見が完全に生まれ変わったことを確認するまで真実を話せなかったのだと。
よくぞ騙してくれたと、女房に深々と感謝する魚勝。
女房は、今まで我慢してきたのだから一杯どうだと勧める。
魚勝は盃に口をつけかけるが、「よそう。また夢になるといけねえ」。

聴きどころ

東京の噺家の多くが、最終的には掛けてみたい大作です。
なぜ腕のいい魚勝が酒に溺れたのか、なぜ立ち直れたのかという答えのない文学的テーマが用意されています。これをどう解釈するかが、噺家の腕の見せどころです。

時そば


時そばも非常に有名な噺です。「今なんどきだい」というフレーズは誰でも聴いたことがあるでしょう。
トリで出ることは少ないものの、どんな出番でもできるので、今日でもよく聴ける噺です。
前座噺に分類されることもありますが、決して易しい噺ではなく、前座がやることはほとんどありません。
原型は上方落語の「時うどん」で、こちらはキャリアの浅い噺家でも掛けて構いません。
噺家にとっても便利で、お客の反応もいいため年中聴けるのですが、やはり冬が一番、それも寒い日であればあるほどいい噺です。

あらすじ

屋台のそば屋で、やたら調子のいい男がそばを手繰っている。
店からつゆ、そばまでありとあらゆるものを褒める男。だが男には企みがあった。
会計の際、小銭を1文ずつ出していきながら、途中で関係ない時刻(九つ)を聴くことで、1文ごまかしているのだ。
これをじっと見ていた別の男。自分も真似をしてみることにする。
翌日別のそば屋をつかまえるが、おそろしいぐらいにまずいそば。泣きながら食い、いよいよ会計。
だが、昨日より時刻が早く、四つであった。ごまかすどころか、多く支払ってしまう。

聴きどころ

江戸時代の時刻だと、「四つ」の次の時間帯が「九つ」になります。ですが、こんなことを知らなくても落語は楽しめます。
上手い人が演じると、聴いている側も無性に熱いおそばが食べたくなります。
アレンジしやすい噺で、クスグリも入れる箇所が数多くあります。演者によって、まったく個性の異なる時そばが聴けます。
併せて時うどんも聴いてみるといいでしょう。時そばは序盤ゆっくりと進み、後半弾ける噺ですが、時うどんのほうは上方らしく序盤から爆笑です。

初天神


初天神は、学校寄席など子供の前で出すにも最適の噺です。
一年中演じられているのですが、正月には特によく掛かります。
初天神とは、1月25日の天神さまの縁日のことですが、お正月の噺として扱われています。
凧揚げのくだりまでやると大変長いのですが、切る部分が無数にあるので、寄席では大変重宝されています。
通常は、飴と団子まで演じられます。

あらすじ

父親が初天神にお参りに行こうとすると、母親が、息子の金坊も連れていってくれという。
金坊は縁日に行くとあれ買え、これ買えとうるさいので連れていきたくないのだが、今日はなにも買わないぞと約束して一緒に出掛ける。
だが金坊、案の定、飴が欲しいという。飴の次は団子を欲しがる。
そのたびに騒動が沸き起こるが、最終的には父親のほうも悪い面を見せ、団子屋の蜜壺に、真っ白になった団子をポチャッとつけるいたずらをする。

聴きどころ

いたずら好きの金坊と、息子を叱る父親のやり取りが続きますが、実はこの親子、大変に仲がいいのです。
悪態ばかり互いにつき合っている、親子の情愛が客席に伝われば、演者としても大成功でしょう。
団子屋では、着物が汚れると言って、父親が団子の蜜が垂れないよう、団子の蜜を吸いつくします。ここは演者の所作がみどころです。
上方では、父親が実は初天神を口実に女遊びに出かける気満々であり、母親が監視役として息子をむりやりつける演出もあります。

二番煎じ


時そばもそうなのですが、食欲をそそる落語というもの、結構あります。
聴き手の食欲を喚起する点では、「二番煎じ」は、数ある落語の演目の中でも最右翼です。
猪の肉を食べたことのない人でも、この噺で描写されるしし鍋、ぜひ食べたくなるはずです。一緒に味わう日本酒もまたオツなもの。
史実として火事が頻繁にあった江戸にふさわしい落語ですが、もともと上方落語なので、上方でもよく掛かります。

あらすじ

江戸の町は火事が多い。火の用心の見回りで、番小屋に集まる商家の旦那衆。何しろ表は寒いもので、拍子木を打つのも、火の用心の掛け声をするのも無精しがち。
やっと番小屋に帰ると、寒いのでお酒を持ってきている人もいる。それどころか、イノシシ肉と鍋まで用意してきている。
宴会が始まるが、そこへ見回りの役人がやってきた。しし鍋を慌てて隠し、お酒は煎じ薬だと偽る旦那衆。
役人は風邪気味なので煎じ薬を所望する。もうなるようになれと「煎じ薬」を提供すると、役人は「まことに結構」。さらにしし鍋も提供する。
役人にお酒をみんな飲まれてしまうと警戒し、これでおしまいと伝えると、役人は「もう一回りしてくるので、それまでに二番を煎じておけ」。

聴きどころ

江戸時代にもすでに、薬食いと称して獣肉を食べる食習慣がありました。
このエピソード自体が物語っていますが、大人には本音と建前の違いがあります。その、大人の世界を描いたのが二番煎じだといえます。
真面目に務めるべき見回りの途中でも、功成り遂げた商家の旦那なら、ちょっとだけ原則を崩して楽しみたくなるものです。
そして、日ごろは怖い役人も、同じ人間なので気持ちが通じます。
奉公人が寝ている中、主人が夜回りするなんてと愚痴る旦那に、別の旦那が、商売ができているのも奉公人たちのおかげですとたしなめる場面があります。
こうしたちょっとした場面にも深い味のある噺です。

落語を自宅で楽しむ方法

以前から、落語を自宅で楽しむことはできました。
すなわち、CD、DVD、ダウンロード購入、テレビ、ラジオ、動画サイトなどです。
寄席には行かず、自宅だけで落語を聴くという人もたくさんいます。
最近、これに新たに「配信」が加わりました。配信はそれまでの手段と異なり、落語の可能性を大きく変えるかもしれません。
特に、配信落語を楽しむ方法について見ていきましょう。

2020年配信落語登場


2020年のコロナ危機により、東京の寄席も4月初めについに休館となりました。
東日本大震災後でも閉まらなかった寄席も、コロナには勝てません。
それ以前から、関西の寄席は先行して閉まっており、落語会も次々中止の憂き目を見ました。
これで一気に、特に若手の噺家の仕事がなくなり、日々の生活にも困るようになってしまったのです。
配信落語という新しい興行形態は、若手が仕事・収入の確保を求めた結果誕生したものなのです。

<配信落語は落語界を変えた>

配信落語、いざ始まってみると、この時代にどうして今までなかった形態なのか不思議に思えます。
それだけ噺家や席亭が、寄席や落語会で聴く生の落語にこだわってきたということなのでしょう。というより、こだわっている意識すらなかったというところでしょうか。
当初の理由はともかく、配信落語は新たな落語ファン層を獲得するのに貢献しつつあります。
高座の収録を動画として視る機会はそれまでも多数あったのですが、寄席のパッケージを丸ごと流すような配信が出てくると、驚いた人もかなりいたようです。
落語というもの、なんとなく知っていた人も、色物(諸芸)を含めた寄席の番組というものを知ると、見方が変わります。
2020年6月に寄席の一部が再開しました。まだソーシャルディスタンスに気を遣いながらの始動ですが、徐々にお客も戻りつつあります。
それでも、配信落語がなくなることはないでしょう。新たな落語の可能性がうかがえるからです。

<配信落語の可能性>

人気の噺家にとっては、配信落語は新たなステージとなります。
寄席の休館中、本来であれば鈴本演芸場と浅草演芸ホールで主任を務めるはずだった春風亭一之輔が配信をおこなったところ、生で1万人、その後のアーカイブ配信も含めると30万を超える視聴者が参加したのです。
まだアーカイブがありますので、ぜひ視聴をおすすめします。
配信自体は無料で参加できても、投げ銭によって大きな売上げが上がることも証明されました。
ラジオの番組も持ち、メディアの露出も増えている一之輔とはいえ、配信でその高座を知った人も多かったようです。
いっぽう、投げ銭はアクセスの多い人の特権なので、すべての噺家がこの手法を採れるわけではありません。
根強いファン層を持つ噺家(橘家文蔵など)は、有料の配信をおこなっています。事前にチケットを売り、またアクセス数を一定に保持することで回線の安定を保ちます。
そして、アーカイブを残さない形で、視聴者に特別感を与えるわけです。
関西では放送局主体で、視聴者と演者の高座とを、ZOOMでつないでしまう落語会も登場しました。
つまり、配信落語に欠けている「客の笑い」「笑顔」をリアルタイムで演者に届けることができるわけです。
この場合、客も余計なおしゃべりをすると演者に伝わってしまいますから、緊張感を持って聴くことになります。
さらに、若手にも新たなチャレンジが見られます。
もともと生活のため、有料で配信を始めたのは柔軟な若手でした。しかしその後給付金申請も始まり、高座復活のめども立ったためでしょう。新たな局面に移りつつあります。
若手でも、先を見据えて積極的に落語の無料配信を行う人が増えてきました。
今はまだ無名でも、ショールームとしての動画サイトに自分を展示しておけば、いずれ注目される日が来るかもしれません。
ファンの側も配信により、先物買いを楽しむことができるようになりました。

今から楽しむ配信落語


寄席が再開されても、配信落語はまだまだ予定されています。
寄席のソーシャルディスタンスが不十分だという理由もあるのですが、それだけではありません。
世間に価値が認められたカルチャーなので、引き続き必要性が残るでしょう。
代表的な落語の配信をご紹介します。

<古今亭菊之丞>

古今亭菊之丞は芸歴19年、誰もが認める本格古典派の真打です。
大変様子のいい噺家であり、女の色気、幇間(たいこ持ち)の調子のよさなど、この人ならではの飛び道具を多数持っています。
マクラを徹底的に作り込んでくるのも見事です。
菊之丞はコロナ危機の早いうちから、配信にも注力しています。
自分のチャンネルも持っており、また鈴本演芸場の配信企画でもトリを務めました。
他の噺家の有料配信のゲストとしても呼ばれています。今後も有料・無料を問わず配信の機会があると思われますので、ぜひ参加してみてください。

<鈴本演芸場チャンネル>

上野にある鈴本演芸場は、東京の寄席の最高峰。
2020年6月からは再開できませんでしたが、その代わり6月の土日限定で、無観客で寄席興行を実施し、You Tubeでオンライン配信してくれています。
これは、コロナでなくなってしまった幻の各興業を、1日だけ復活させたものです。
寄席の中では例外的に、昼夜入れ換え制を採る鈴本ですが、オンラインなら居続け可能です。
寄席の醍醐味は、落語以外の色物芸人も含めて全体を楽しむことにあります。この点、今までなかった寄席の配信は貴重です。
無料で視られますが、芸人応援チケットを1,000円で販売しています。こちらを購入すると、鈴本演芸場の寄席興行の際に500円引きしてくれます。
アーカイブは7月末まで、You Tubeで視聴可能です。

<渋谷らくご>

渋谷らくごは、若者の街渋谷でコロナ以前から開かれている落語会です。月のうち5日間開かれているので、寄席に近い形態といえるでしょう。
若い客層を想定しており、演者も若手が多くなっています。
寄席や落語会の年齢層はどこに行っても高めですが、ひと味違う落語が聴けます。
渋谷らくごも例外ではなく一時休止になってしまいましたが、その代わりに有料ライブ配信がおこなわれています。
寄席の再開に合わせ、渋谷らくごも徐々に本来の姿を取り戻しつつあります。2020年6月には、観客を少数入れた会が配信されます。
恐らく、この形態はある程度続くものと思われます。
生の雰囲気も味わいながら配信落語に参加したい人にはおすすめです。

弁天小僧

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日頃はクレジットカード、キャッシング、カーシェア等を専門に執筆しているライターです。 落語が趣味で、週1回寄席や落語会に出向いています。

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