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落語家の階級について

ワイン寄席

落語家の階級制度については、以前こちらに記事を載せています。

階級は、東京落語と上方落語とで大きく異なるものの、東京に4つある協会・団体における階級制度自体は同じです。
ですが団体ごとに運用は異なります。今回は、歴史的経緯を踏まえたその違いについて解説します。
お付き合いください。

目次
1.東京と上方との階級の違い
2.階級制度の実態
3.東京の各団体の階級制度

東京と上方との階級の違い

東京の落語界には、「真打」「二ツ目」「前座」という階級があります。
上方落語界にも、こうした階級がかつて存在しました。しかし上方落語がもっとも厳しい時期であった戦後消滅したまま、復活していません。
論議はあるものの実現しない背景には、「客の人気で序列を決めたらいい」という合理的な考えがあると一般的に説明されています。
ただ構造上の理由も、もう少しありそうです。
東京の場合、階級とはまず「前座とそれ以外」で根本的に違うのです。寄席の労働力である前座について、明確な位置づけが必要です。
上方の場合、楽屋にお茶子さんがいますので、東京の前座に該当する存在がないわけです。この違いは、意外と大きいのではないでしょうか。
さて階級のない上方落語界ですが、東西交流が盛んになっている昨今、さまざまな場面で東京と合わせる必要が生じています。
権威あるNHK新人落語大賞の出場資格も、上方落語家の場合「芸歴15年以内」となっており、実質的には15年前後で真打扱いされると考えていいでしょう。
弟子を取るようになるのも、この程度の年数が目安です。
ただし節目の披露目はないので、その代わり上方落語では「襲名披露」が盛んにおこなわれます。

階級制度の実態

東京の寄席においては、前座はまず労働力であり、寄席の運営を任されます。
前座を4~5年程度務め上げると、年功序列で二ツ目に昇進します。
前座に対する評価も千差万別ではあるものの、二ツ目への抜擢は現在おこなわれていません。
二ツ目というのは、もともと寄席の出番の順序を意味します。開口一番は料金に含まれない前座が務め、次が二ツ目の出番です。
寄席のこの出番は、二ツ目の人数に比して決して多くないので、東京の二ツ目さんたちは寄席の外で活躍せざるを得ません。
それでも、二ツ目専門の寄席「神田連雀亭」をはじめとする、活躍場所も増えました。
こうした寄席の存在もあり、二ツ目は所属団体の枠にとどまらず活動する機会が多くなってきています。上方落語家もこれに加わります。
他派の修業の実態を知る機会も多くなり、視野が広がるようです
最後に真打です。本来は寄席のトリを取れる存在のことです。
もっとも落語家でもっとも数が多いのが真打。当然ながら、トリの取れない真打も増えてきています。
他の芸能と比べ、成熟の時間を要する落語においては、現在は「真打はスタートライン」だというのが各団体共通の認識になりつつあります。
辞めなければ真打にするが、そこから先は各人の努力次第という価値観なのでしょう。
そんな現在の真打制度ではありますが、落語家にとってはやはり披露目は節目であり、大変に重要なのです。

東京の各団体の階級制度

東京の各協会、団体における、階級制度の考え方、運用の細かい違いを見ていきましょう。
団体ごとに運用は大きく異なっていましたが、最近では接近しつつあります。
業界の再編成が常にささやかれる中、徐々に足並みを揃えようという動きが見られます。

落語芸術協会|基本は年功だが最近は新たな動き


一番の大所帯、落語協会に先んじて、次に大きい落語芸術協会(芸協)から見てみます。
過去に真打の運用で揉めたということが、比較的少ない協会です。
つい最近まで芸協は、もっとも年功序列に忠実な運用をしてきました。
次の通りです。

・前座になって4年程度で二ツ目に昇進
・前座から13~15年程度で真打に昇進
・入門時の序列を真打昇進時まで守る

抜擢で昇進した真打は、1992年の春風亭昇太(現・会長)以来、途絶えていました。
2020年に神田松之丞が抜擢真打となり神田伯山を襲名したものの、これは芸協に所属する講談師の話なので、やや異なります。
しかしついに、2021年、抜擢であり先輩5人を抜いて昇進予定の落語家が現れました。桂宮治です。
宮治さんは、最も権威のある賞、NHK新人落語対象もすでに2012年、二ツ目昇進直後という早い時期に獲得しています。
早くから才能を認められており、寄席の席亭からも抜擢を求める声が上がっていました。ただ当時の会長、桂歌丸が、「芸協では抜擢真打は作らない」と断言していたため、なかなかチャンスが訪れませんでした。
歌丸の発言には一理あります。抜擢真打で香盤(序列)を抜くと、抜かされたほうにとってもダメージが一生残るのです。
落語家は香盤と無関係に、人気は大きく違うもの。もともと競争社会なのだから、序列まで動かさなくてもいいというのもひとつの見識です。
ですが歌丸師匠の逝去にともない、考え方も変わったようで、抜擢真打が久々に生まれました。
抜擢決定まで時間が掛かったため、抜く先輩の数は決して多いものではありません。ただそのことより、芸協からスターを作るぞという宣言の意味合いが大きいのでしょう。
芸協の階級制度については、他に次のような特色があります。

・「真打上方」という階級の人(笑福亭鶴光)がいる
・講談師も落語家と一緒に昇進する

もともと鶴光師匠は上方落語協会員であり、階級などありません。
東京の寄席に客員として出始めた頃は色物の扱いだったのですが、寄席のトリを取るために、一人だけの階級、「真打(上方)」が与えられています。
なお鶴光師匠の弟子は、二番弟子以降はすべて東京で修業をしています。
弟子も上方落語を掛けるのですが、芸術協会の会員として、東京の階級制度の下で出世していっています。
この他、講談師が多い(2020年8月現在、18人)のも芸協の特色です。

立川流|談志没後すべてが変わりつつある


立川流は、落語協会にいた立川談志が独立して、1983年に立ち上げた組織です。
談志には、後述する落語三遊協会が落語協会から飛び出した際、一緒に出ようと画策し、結局取りやめた経緯があります。
立川流を作ったのも、自分たちの弟子が真打昇進で不当な扱いをされたことに端を発したものです。
立川流は「家元」である談志がすべてを決める団体であり、昇進についても同様でした。
そのため、7年で真打になった立川志の輔のような人がいるいっぽうで、16年間に渡って前座を続けた立川キウイのような人もいます。
談志は昇進基準を設けてはいたものの、自らそれを破ることもしばしばありました。
こんな運営ができていたのはカリスマ談志がいたからこそです。
2011年に談志が亡くなった後は集団体制にいったん移行したものの、現在組織としての動きは、年2回の一門会を除きほとんどなくなってしまいました。
志の輔師匠等、立川流の売れっ子は自分の名を冠した落語会のみで生計を立てており、もともと一門としての活動は少なめです。
現在の立川流では、組織として真打昇進を決めることはなく、自分の師匠がOKすればいい状態となっています。
理事会がなく師匠がすべて決めてしまえるため、2019年には「立川志らく弟子全員降格事件」などという、他団体では考えられない処分もおこなわれました。
組織だと考えると理解できないものの、落語家のゆるやかな連合体だと思えばうなずけるのが現在の立川流です。
2015年には立川流に象徴的な出来事がありました。重鎮の立川談幸が立川流を脱退し、落語芸術協会に加入したのです。
理由は「寄席に出たい」ため。
談幸師匠は、その後2年間代演を主に芸協の客員として過ごし、2017年に正会員となりました。
弟子もふたり、一緒に芸協に移りましたが、いわゆる寄席の修業をしていない彼らの扱いが問題となりました。
結局、筆頭弟子の吉幸は1年、次の幸之進は2年の間前座からやり直しとなったのです。
いささか理不尽にも思えますが、吉幸は前座終了後わずか3年、2019年に真打になりましたから、むくわれたといっていいでしょう。

円楽党|他団体に合わせつつある運用


円楽党(正式名称は五代目圓楽一門会)も、落語協会から独立をした団体です。
立川談志と同じく個性的な落語家だった、五代目三遊亭圓楽が1980年に結成した「大日本すみれ会」が前身です。
圓楽の師匠である、昭和の名人、六代目三遊亭圓生は落語協会の会長まで務めた人です。その圓生の退任後会長になった五代目柳家小さんが、二ツ目のまま滞留していた落語家をまとめて真打にしようとしたため、真打の価値にこだわる圓生が、1978年に協会を飛び出したのです。
この落語三遊協会は、わずか1年、圓生の死により解散します。
圓生の他の弟子は落語協会に戻ったのですが、惣領弟子の圓楽一門だけは新たな団体に移ったのです。
もともと「真打の価値」を追求して打ち立てた圓生の団体が前身なのに、なぜかその後の円楽党は長らく、「業界最速で真打になれる団体」でした。
10年活動すれば、おおむね真打にしてもらっていたのです。タイミングによっては、ずっと短い期間で真打になった人もいますが、別に抜擢というわけではありません。
これは五代目圓楽の、真打はスタートラインに立っただけだという考え方から来るものでした。
圓生が落語協会を飛び出したときの落語協会会長、五代目柳家小さんの考え方と、実は似通っていたのです。
現在の円楽党は、他団体、特に落語芸術協会への統合を長らく模索しています。
そのためなのか、近年、真打昇進を遅くする傾向にあります。
2020年に真打昇進の三遊亭鳳笑は14年で真打ですから、芸術協会とほぼ同じです。
しばらくこの傾向が続くものと思われます。
円楽党の場合、自分たちの寄席である両国寄席や亀戸梅屋敷寄席で真打の披露目をしますが、面白いことに、二ツ目昇進時にも披露目をすることが多いです。
他団体でも、二ツ目昇進時の披露目が流行っているものの、寄席で口上はしません。
2020年8月には、スウェーデン人の落語家として知られる三遊亭じゅうべえ改め三遊亭好青年(好楽門下)が、二ツ目昇進の披露目を両国寄席で開きました。

落語協会|数々の揉めた歴史と現在


最後に大所帯の落語協会です。
現在東京にある4つの団体のうち、立川流と円楽党はともに落語協会から分裂して生まれたことを先に見ました。
協会の分裂の最大の原因は、真打のあり方に関するものでした。それだけ、階級制度の運用は難しいものなのです。
落語協会は、抜擢によるスター輩出と、年功序列による昇進との間で、常に揺れ動いてきました。
そんなトリを取れない落語家にも、看板は必要です。
そうした諸問題を勘案した結果、落語協会においては、基本は年功(入門から15年前後)で、たまに抜擢で、というスタイルが定着しています。
抜擢で真打になった落語家ですが、一例として次の人がいます。

・春風亭小朝
・林家たい平
・柳家喬太郎
・古今亭菊之丞

もちろん、抜擢されなければスターになれないというわけではありません。
層の厚い協会だけあって、年功で同時昇進した真打からも、スターは数々出てきています。
勝負は一生続くのです。

弁天小僧

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日頃はクレジットカード、キャッシング、カーシェア等を専門に執筆しているライターです。 落語が趣味で、週1回寄席や落語会に出向いています。

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